長瀬川の井戸は、猫が見つけた泉だそうだ。猫が濡れながら出てきたそうで、これはこの中には必ず泉があるはずだと、探って見たところ、思ったとおり玉の様な清水が一ぱい、わいていた。しかし、こんな絶壁の難所からは、つるべでの水汲みは不可能だし、何とか出来ないものか。当時は水というのは宝のように大事なもので、水不足、水不自由な大変な時世だったので、これほどのあま水は、階段をつくって下り川にしてでも、利用しようということで、当時、与那覇家に、まじめな働き者がいたそうだ。この人が中心になって、泉に下りる階段を掘り初めたそうだ。ブンヤーの役人も、たまには来て激励もして下さるし、下り段をけずった石のかけらを、一升持って行ったら、ほうびとして粟一升を下さったそうです。人頭税の穀上納を納めながらの苦しい生活に甘んじた時世だけに、搗き粟一升なんて、大変尊いほうびであったのでしょう。 どれほどこの水汲階段の掘り抜き工事が、難儀でつらい、大の難工事であったのだろうよ。毎日小さい古斧でコツン、コツンとけずっての仕事は、なかなかはかどらない工事であったはずだ。しかし何ケ年かたつうちに、成るほど、不可能という仕事はないんだねえ。昔から、「小雨も長く続けば慈雨になる。」やがて、もう少しで泉まで掘り届く手前、顔色を青ざめて、青息吐息で上ってくるので、若い美女が、さあさあと暖かい言葉をかけてお茶をすすめながら、励ましの歌をうたって励ましたところ奮気一番勇気を出して、一気に突貫してその玉のような美しい水の泉まで届くことが出来たそうだ。歌、「一、みじくぶし女のさてみごと 椿が花どぅ、色かわらんどぅ ながしがーをぷりうきさやふや ざうさやふや 二、さらしもめんのさやばかま 花ぞみてさじや前にむすで でかよみやらび、あしびかい。」 |