昔、久松の西の海のそばに神様の小さな家があったそうです。ある日、二人の漁師が漁をすると、その日はいつにないほどの大漁だったので、「ここの神様が私達を助けて下さっているおかげだ。神様にも一匹お供えしよう。」と二人は相談しました。そして、取った魚の中から一番大きな魚をお供えしたそうです。こうして、二人の漁師は帰っていきましたが、一人の欲張りな漁師は友達と別れた後、「なにもあんなに大きな魚にすることはなかったのに。そのまま放っておくと腐ってしまう。もったいないなあ。よし、戻って取ってこよう。」と今来たばかりの道をひきかえしました。すると神様に供えた魚のそばには大きな猫が番をしていたのです。その漁師が魚を取ろうとすると、「アウー、お前はこの魚が欲しいか。それならば私といっしょに食べよう。」といってこの漁師を生捕りにしてしまいました。その日から、この漁師はとうとう家へは戻りませんでした。 もう一人の友達は心配して、あっちこっち探し歩いたけれど、なかなかどこへ行ったのかわかりませんでした。ある日、友人が畑に出かけました。カザマーラというところまで行くと、大きな猫が道のまん中にでんとすわっているので通ることができません。友達は、「偉そうに、なんで道のまん中に威張っているか、あっち行け。」といって、その猫を足でけとばして通ろうとしました。すると、アウーとうなって猫が足にからみついてきました。「変な猫だなあ。」と思いながら、もう一度けとばすと、「私は猫ではないよ。ほら、ぼくだよ。君といっしょに魚を神様に供えたぼくだよ。あのあと欲張って魚を取りに戻ったところ、こんな姿にされてしまったんだ。アウー。」というのです。「アヘー、神様の御馳走を取ろうとしたのか。それでそんなかっこうに、ヘえ。ところで君はどこへ行くんだい。」と友達はたずねました。「私は下地の赤崎御獄に手紙を持って行くところだよ。」と猫がいいました。「手紙にはなんと書いてあるんだい。」と友達がたずねると、猫になった昔の友達は、「ああ、やがて大風が吹くから粟を一生懸命刈れ。」と教えて、いそいで行ってしまいました。 この話を聞いた友達は、畑に行くのをやめて急いで家に戻りました。ところが、家には粟刈鎌が二つしかないのに気づき、家族みんなで粟を刈りとるには足りないので、一番大切にしていた種牛とでも粟刈鎌をかえようと思いました。そこで、着ているものを全部脱ぎ捨て、まっ裸かになると種牛を引き出して村中を大声でふれて回りました。「粟刈鎌とぅ私(ば)が種牛(はふうす)とぅ交換すぅじゃんなあ。」それを見ていた隣の人は、「はーい、私が交換してやろう。そんなに歩き回る必要はない。」といって、種牛と粟刈鎌をとりかえたそうです。粟刈鎌をそろえたその男は、鎌を子供にまで持たせ、生の粟まで畑の粟をすっかり刈り取りました。そのようすを見ていた村の人たちは、「あの人はとうとう気がおかしくなったんだね。」と口々にいいました。その翌日、猫が教えてくれたとおり、ほんとうに風が吹き出しました。この男は、刈り残した粟も地面に倒しておいたので、大風が吹き荒れても少しも損をしませんでした。ところが、男のすることを笑っていた村人たちの粟は風に吹きとばされ、全部なくなってしまいました。そのあと、宮古の粟の種は、その男の人から種をもらってひろまったそうです。こんなことがあってから、粟刈鎌のことを人助け嫌といい、昔の人たちは大切に使ったということです。 |