昔ね、金持ちの人の家ね、この家は、もう財産家であるわけ。金貸しでね、今いえば高利貸しの家。片方はね、お爺さんと、お婆さんと二人暮らしでね、貧しい家だったって。そこにはね、お金もないから、大晦日の日にね、大晦日の晩さ、「今日は、大晦日だのに、肉もないし、食べ物もないものね、お爺さん、どこからかお金でも借りられないかねー、借りて来て下さい。」と、お爺さんを行かせたらしい。だけど、どこへ行っても、この貧乏人に金を貸す人はいないって。「それでは、隣が豚殺しているからね、『もう、年が明けてから、お返しいたしますから。』といって、借りてきて下さい。」といって行かせたら、もう、むこうも貸さないわけ。今度はね、「後ろの、家の後ろの畑にね、大根があるからこの大根、この大根、煮て食べようね、お爺さん。」といってね、「もう、年が明けてから、お金は儲けて返しますのでね、払えばいいのだからね、これ、煮て食べよう。」といったら、「そうしようね、お婆さん。」といったらしい。それで、この大根をつかんでね、「もう、かせいでから、お金は払いますので、もう 今日は 借して下さい。」といって、この大根をつかむのだが、「ああ、これは、天知る、地知る、我知る、三人で知っているんだもの、恥ずかしい、取ってはいけないな。」といって放してね。それで手ぶらで家に帰ってくるわけ。「どら、お爺さん。」といったらね、「ああ、私には、これは取れなかったさー、天知る、地知る、我知るといってね、もう、人の物は取れなかったさー。」「どうして、年が明けてから、儲けて払えばいいさ。」といったので、「それでも、私には、取れないもの。」といっているわけ。それで、もうこのように、「もう、今日は 火をたいてね、その火を温んで、すわっていようね、お婆さん。」といって、そうしたらしい。そしたら、そこから、昔の神様は、物乞いの姿をして歩いていらしたって。それで、そこに、はじめは、金持ちの家にね、「宿かしてくれ、今日一晩は。」といったらね、この金持は、「大晦日だのに、他人の家に居る人がいるか、だめだ。」といってかえしたって。 それで、今度は、貧乏人の家に行ったらね、「もう、私は、旅の者だが、このように夜も暮れて、歩けないので、今日一晩、お前達に泊めてもらえないか。」といったら、「私達は、このような、荒家ですので。隣は、金持のきれいな家がありますよ。」といったらね、「あそこにも行ったのですが、貸しません。『大晦日の夜だのに、他人の家に泊るのか、だめだ』と断られたので、お前達の側にでもねかせて下さい。」といったので、「あー このような荒屋でよろしいですか、よろしければ、それでは、一緒に、泊って下さい。」といわれて、それで、ここに泊まるわけ。それで、「お前達、どうしたのか、今日は大晦日の夜だというのに、火だけ燃やして、物は食べないのか。」といったら、「もー、私達のような、年寄りにお金をかす者もいません。掛けで物を売る人もいません。家の後にある大根かりておこうと思うのだが、かりることもできない、天知る、地知るといって、この大根を取ってこれない。もー、このように火をたいて 私も、温んで、温たまって、大晦日の夜をすごしています。」といったらね、「それでは、お前達、鍋はあるか。」といったのでね、「鍋はあります。」と、「それでは、鍋を取って来なさい。」といって、それで、水を入れて来て、ここに据えているわけ、火の上に据えて、この、かんざしのかぷの一杯ね、薬を入れるわけ、そしたら、ここに、御飯ができるわけ、今度は、また、一所に薬を入れたら、今度は、肉んぶしーになって、「さー、今日は、腹いっぱい食べなさい。」といったので、「御馳走になります。」と、夕食も食べて、それから、「お前達は、ね、若くなるのと、お金をたくさんもらうのとどちらが良いか。」といったので、「はあ、若くなったら、働けばかせげるお金だもの、若くなるのが、良いです。」といったので、「そうか、それでは、風呂を沸かしなさい。」といって、「湯を沸かして、浴びてきなさい、さあ。」といって、「お爺さんから、あびてきなさい。」といったら、青年になってくるわけ。それで、今度は、「お婆さん、さあ、お前もあびてきなさい。」といったら、若い娘になって来たって、「おかげで、湯風呂浴びて、このように若くなりました。」といったって。 そしたら、「それでは、隣に、隣の金持ちの家に、正月のあいさつに行ってきなさい。」というので、「はい。」といって、正月のあいさつに行ったらね、「お前達は、隣の年寄達ではないか。」といったので、「そうです。」と、「ゆうべ、天の神が降りていらして、大正月をさせていただいたうえ、このように若くして下さった。」と、「湯風呂に入ったら、若くなっています。」といったらね。「それでは、私達も若くなりたいのだが、その人は、いらっしゃるか。」といったら、「すぐ今、追いかけたら、追いつける所に、いらっしゃるから。」といったら、「それでは、私達も若くしてくれ。」ということで、この神様、いえば、この年寄を呼びにいって、「隣りの人がね、このように若くなりたいといっていますので、若くして下さい。」というと、「そうか、それでは。」といって、ここに戻っていらして、「お前達は若くなりたいか。」というと、「はい。」「それでは、湯風呂を焚てなさい、さあ。」といってそれから、かんざしのさじの一杯、薬を入れて、「お前達は、一度に浴びなさい。」というので、「はい。」といって、もう若くなれると思って、家中の者が、一度に浴びたら、嫡子は烏になって、ね、また、ここは染物屋だったって。嫡子は烏になってね、また、男親は猿、姑は猫になったって、それで、嫁は、鼠になったって。それで、皆、すぐ、クェクェクェとないて出ていったわけ。それで、全部、山に逃げてね、山に逃げたので、「さあ、あれたちは、欲ばかりだからね、お前達がこの家の主になりなさいよ。」といったので、「恐しいことです。」といったら、「何事かあったら、十二本の御線香を立てれば、私は、すぐ降りて来ますよ。」と、いったって。それでは、「はい。」といって、このお爺さん、お婆さん、この大きな家に入ったらしい。そしたら、毎夜、烏が、私の家よこせ、私の家よこせ、といって飛んであるくって。また猿も、私の家よこせ、よこせしてあるくって。「それでは、あれたちは、時間をつくってくるだろう。」というので、「はい。」といったら、「それでは、あれたちが来るころに、これが座る所に、石を焼いておいときなさい、それで、これの上に座ると、『いたい、いたい』して逃げ出すからね。」というわけ。それで、猫は姑親ですぐこの嫁が不器用なので鼠になったって。これは本当のことだよ。火正月の話しだわけさ。だから、人間は人が見ないからといって、欲ばるものではない。やっぱり誰がもわからないけど、泥棒も人が見ないから、泥棒もするだろうが、何時かは時が満ったら表われて捕まえられて警察にとらえられるさあね。それだから、ちょっとのことでも、これくらいのことでも天が見取っておられるって、だから悪いことはできないって。人に一銭の損をあたえたら、自分は十銭の損になることがあるよー、また人を助けたらね、また自分が助かる時もあるよーと。 |