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隠号を見ても分かるように、国芳は無類の猫好きで、ふところにはいつも2〜3匹の猫がおり、飼い猫が死ぬと本所の回向院に葬り、家には猫の位牌や過去帳が揃っていたといいます。また、弟子には画業の第一歩として猫の写生をさせたといいますが、そのせいか、芳藤 、芳年、芳虎など、国芳の弟子には猫を好んで描く絵師が多いです。
もともと浮世絵に描かれる猫は美人画の添景として扱われるものですが、国芳にいたっては猫を主題に沢山の絵を描いています。「東海道五十三次」のパロディー「猫飼好五十三疋(みょうかいこうごじゅうさんびき)」(1850年頃)には宿場名になぞらえて様々な猫のポーズを描きわけています。また、「猫のすずみ」のように猫を擬人化した絵、あるいはまた、文字の中に猫をはめ込んだ「猫の当て字:ふぐ」のような騙し絵や戯画を沢山描いています。
国芳が猫を描き始めるのは天保2年(1831年)31才の頃からで、本の口絵に猫を配したのが始りだろうと言われます。「逢悦弥誠(あふえやま)」や「華古与見(はなごよみ)」といった、いわゆる艶本の男女の情事シーンに猫を配したようですが、
天保13年(1842)に始った、山東京山作、国芳画の『朧月猫乃草紙(おぼろづきねこのそうし)』(7編14巻:1842〜1849)は擬人化した猫の恋物語で、江戸で大評判となった黄表紙です。この中には猫の習性や、猫談義が国芳の挿画を付けて沢山含まれており、江戸の猫風俗文化を知る上でも貴重な資料となっています。
そんな国芳の描く猫は江戸庶民の人気の的となり、ついには、国芳の「鼠よけの猫」(1836年)を貼っておけばネズミも恐れて出てこなくなるとまで言われる程の人気だったといいます。
- 未掲載の画像から戯画物を9点上げてあります。
- 徐々に国芳コーナーにしようかと思ってます。
- 浮世絵についての文書も徐々に整理して上げようかと思いますが、いつになるやら分からん状態なんで、
集めた資料なども含めたものを個人的に使っている掲示板に上げてあります。
Cat 掲示板 City >>
意見やこんなんあるよっていうような事があれば、そちらに書いといてくれると助かります。
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